「hedonistic」 life、この言葉はつい何年か前は、あまり良い意味では取られなかったのではないか。
cambridge dictionaryが伝える、このことの意味は、
「living and behaving in ways that mean you have as much pleasure as possible, according to the belief that the most important thing in life is to enjoy yourself:」
直訳すればこんな感じか、「”人生においてもっとも重要なことは、その人生を謳歌すること”、という信念に基づいて、できうる限りの喜びをえる方法で、その人生をいき、そしてふるまうこと」。
だが、cambridge dictionaryの下記の例文には、否定的なニュアンスが、滲み出る。
たとえば、こんな感じ。
「He wastes his little income on hedonistic pursuits.」
訳としては「享楽的な目的で、彼はわずかな収入をむだにした」
しかし、そもそもの言葉がいみする下記のことがらに何の問題があるのだろうか?
「”人生においてもっとも重要なことは、その人生を謳歌すること”、という信念に基づいて、できうる限りの喜びをえる方法で、その人生をいき、そしてふるまうこと」。
たしかに、hedonisticが単独のことばとして、ひとびとにのこす印象は、刹那的な面があったが、しかしいまの時代にあって、なんと示唆てきに聞こえることか。
そろそろ、「しあわせ」を中心において生活しても良いのではないかとおもうのです。
